アポロニア21

Vol.34 インプラント使いまわし疑惑の周辺

愛知県豊橋市の歯科医院で、患者さんの骨内に埋入した後、予後が悪くて脱落したインプラント体を、別の患者さんに入れていたという「使いまわし疑惑」が週刊誌などで報じられ、大きな騒ぎになりました。もちろん、「使いまわし」が事実であるとすれば、その歯科医師は、法的にも、倫理的にも厳しく責任を問われるものと思われますが、私が、この騒ぎで感じたのは、それだけではありません。

歯科で使用されるインプラント体は、生体の内部と外部とをつないでいる構造となっています。外部に当たる口腔内には、大腸よりも多く微生物が生息しているという状態ですが、口腔でのインプラントは、このような微生物の多い口腔と、微生物の存在を許さない生体の内部である骨膜下組織との間で、交通路のような役割を果たすことになります。インプラントは、所用の条件のもとでは非常に意義ある治療法とされていますが、本来、医学的常識からすればかなり特殊な治療だと言えます。 患者さんだけでなく、歯科医療者の多くも、そのことにあまり注意を払っていません。これが、安易なインプラント治療を生む背景になっているのではないかと思われます。インプラントは「第二の永久歯」などと喧伝されていますが、特殊治療であるという認識を、患者さんも持つべきではないかと考えています。件の歯科医師は、極めてその辺の感覚が鈍っていたようで、患者さんの同意なしに多数歯を勝手に抜歯してインプラントに置換し、その後、高額な請求をするという、事実であれば詐欺、傷害の罪に問われるようなことも繰り返していたとされています。

今回の「事件」では、これを告発した歯科医師会側の対応にも疑問があります。まず、問題の事態が起こっているのであれば、それを止めさせるのが先決のはずで、慌てて東京で開催した記者会見の結果、保健所の立ち入り検査にも影響してしまったことが知られています。また、歯科医師会内部で、「インプラントの不具合で来院した患者さんに対しても、積極的に対応しないように」という文書を回しています。これは、事件の全容を示す証拠を保全するためと考えられますが、結果的には患者さんの利益を損なう可能性も否定できません。  おそらくは、「ありえないこと」が起こってしまったために、地元の歯科医師たちがパニック状態に陥っているのかもしれません。ここからしても、「インプラント使いまわし」は、極めて稀なケースだと考えられますが、全くありえないものでなかったことを、今回の「事件」が証明してしまったことになります。


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