アポロニア21
Vol.42 世界から注目される国民皆保険制度
日本は、1960年代から全ての国民を対象にした公的医療保険制度を維持しています。中でも、歯科までカバーしている保険システムを持っている国はあまり例がありません。
この国民皆保険制度は、誰でも、安く、どこでも保険診療が受けられるという意味で国民にとって大きなメリットを持っていますが、保険を運営する団体の多くが赤字体質となっており、また、歯科では低単価の診療費に歯科医師からの不満も根強いという問題を抱えています。
しかし、最近、東南アジア、南米諸国などを中心に、日本の医療保険システムに国際的な注目が集まっています。イギリスの権威ある医学雑誌『ランセット』が、来年の9月号で日本の医療制度を特集することになり、先日、東京で予備的なシンポジウムが行われました。私もこれに出席しましたが、驚くべきことに、海外の医療制度設計者の方が、日本の専門家よりも国民皆保険の制度的リスクについて鋭い認識を持っていました。
まず、1920年代の貧しい時代に基礎が作られた制度を、戦後の経済成長後も継続していることが高く評価されるとともに、それこそが問題ではないかと指摘がありました。コストパフォーマンスが高いとされる日本の医療ですが、大きな改革を一度も経験していないことから、疾病構造の変化に対応できていないとの指摘です。
例えば、糖尿病については、日本の医療はあまり効率的ではないとされました。血糖値を薬でコントロールする治療は、諸外国に遜色ないのですが、その合併症への対応が不足しており、失明、足の切断、歯の欠損といった損害を起こしていることが指摘されたのです。これは、糖尿病を治療する内科医と、眼科医、整形外科医、歯科医との連携がうまく機能していないために起こっている現象であり、このような連携体制の不備は、日本の医療現場が抱える大きな改善課題でしょう。
この問題は、歯科受診する患者さんにも関係があります。歯周病がなかなか治らないという場合、糖尿病を疑ってみる必要があります。歯科医師が指摘することもありますが、現行の日本の医療制度では、患者さん自身が判断して内科を受診することが現実的です。国民皆保険制度発足から半世紀。公的医療保険制度が構築され始めてから実に90年近くが経っていますから、この制度はある意味で経年劣化している可能性があります。医療保険制度について、患者さんの側も積極的に発言するとともに、自助努力で医療制度の限界から身を守る必要があるのではないでしょうか。
<< vol.41へ 『アポロニア21』編集長コラム vol.43へ >>
▶アーカイブス
- Vol.47冷たいものが歯に凍みる!
- Vol.46「検案検視」という災害時の歯科医師業務
- Vol.45歯科技工のロボット化が進む
- Vol.44「メタルボンド」とフランス革命の意外な歴史
- Vol.43増加する金属アレルギー
- Vol.42世界から注目される国民皆保険制度
- Vol.41歯科は「先祖返り」を始めている
- Vol.40いわゆる「名医本」の情報力とは?
- Vol.39良い歯科医院は「初診」で分かる?
- Vol.38 「患者日記」をつけよう
- Vol.37 「医は忍術」?---歯科医療と社会保障の関係
- Vol.36 脳科学と歯科医療の融合
- Vol.35アメリカのドラッグストアでは
- Vol.34インプラント使いまわし疑惑の周辺
- Vol.33EHR(エレクトリック・ヘルス・レコード)の時代へ
- Vol.32アメリカで流行の口腔がん検査システム
- Vol.31禁煙の歴史と意義を考える
- Vol.30口臭があると宇宙船に乗れない?-中国宇宙開発の話
- Vol.29ご注意!こんな歯科医院があります
- Vol.28歯が再生される時代になったら―東京理科大学辻教授の研究
- Vol.27世界をまたに商売した歯科医師―18世紀イギリスのラスピーニ
- Vol.26「口から見える貧困問題」という特集
- Vol.25 知らないうちに海外製の義歯が
- Vol.24 18世紀イギリスの話ー人の歯は商品だった
- Vol.23「医療水準」という言葉の意味を考える
- Vol.22歯科医院で漢方薬
- Vol.21歯科の「最新技術」とは何だろうか
- Vol.20イギリスの歯科医療難民
- Vol.19歯科医師の認定医、専門医の意味―自称「上手い」の可能性も
- Vol.18「放っておくと大変なことに」の科学的根拠
- Vol.17「もうだめですね。抜きましょう」にご用心
- Vol.16「早期発見・早期治療」の問題点
- Vol.15ドライマウスではありませんか
- Vol.14「デンタルSPA」のサービスはいかがですか?
- Vol.13 安全管理の意味合い―診療報酬改定
- Vol.12 中国製の入れ歯について
- Vol.11 歯科医院の中にある器材…
- Vol.10 歯科医院の中にある器材…
- Vol.09 歯科医師によるガンの診療
- Vol.08 大解剖学者も見つけられ…
- Vol.07 「賢い患者さん」とは?
- Vol.06 「○○コーディネーター」…
- Vol.05 歯科医院は危険なところ?
- Vol.04 「歯科嫌い」なお母さん方へ
- Vol.03 良い歯科を紹介してください
- Vol.02 むし歯は治らない?
- Vol.01 歯と口の「病気」は治らない?