アポロニア21
Vol.44 「メタルボンド」とフランス革命の意外な歴史
むし歯となった歯をキレイに修復する方法として、現在でも多くの歯科医院で採用されている技術が「メタルボンド」というものです(保険適用外)。医院によって価格の幅がありますが1本数万円から10万円という価格帯となっています。
これは、金属の土台にポーセレン、つまり瀬戸物の粉を焼き付け、それに着色して自然な色味を出すもので、作製する歯科技工士にはとりわけ高度な技術が要求されます。歯科の自費診療には、さまざまな新規技術がありますが、この「メタルボンド」については遠く18世紀にさかのぼる伝統芸術と言えます。
18世紀半ばまで、ヨーロッパでは動物の骨や人間の歯を用いた人工歯が流通していました。動物の骨では、カバの骨が最良とされ、人間の歯では生きている人の歯が最高級、次に事故死した人のものが続きました(人間の歯は「人工歯」とは言えない)。当時、これらの人工歯の問題は、動物の骨の場合はすぐに着色して汚くなる、口臭がひどくなり、胃に悪い影響が出るなどの問題があると見られており、人間の歯を用いた移植術では性病が媒介されたり、不眠となるなどの問題が指摘されていました。
そのような問題が一切ない新技術だったのが「陶材ミネラル人工歯」というもので、18世紀末、フランスの外科医、デュボア・ド・シェマンによって開発されました。この新技術を世界に広めるきっかけを作ったのがフランス革命でした。王族の歯の治療をしていたシェマンは、当然、革命派から追われる立場となりイギリスに亡命します。当時、フランスは一流の医療先進国と見られていましたから、彼の技術はイギリス人にとって憧れの的になり、その後、14年間に渡って特許を保持しました。この「陶材ミネラル人工歯」こそ、現在の「メタルボンド」の原型というべきものなのです。
イギリスに「陶材ミネラル人工歯」の技術が伝わったということは、イギリスの植民地、貿易圏だった国々にもこれが伝わる契機となります。とりわけ、アメリカは当時、フランスと政治的に近い立場にあったこともあり、このフランス由来の最新医療技術を積極的に取り入れました。現在でも、歯科医療技術のほとんどがアメリカ発祥となっていますが、その端緒は、フランス革命によって伝えられた「陶材ミネラル人工歯」だったと考えられます。
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